10月22日(月)、23日(火)、24日(水)の3日間、日本の音楽進出・音楽交流を目的とし、多数の国内音楽事業者・海外バイヤーが来場した「第15回東京国際ミュージック・マーケット(15th TIMM)」。その中でも「海外展開に役立つ音楽業界の最新トレンド」をテーマに開催されたTIMMビジネスセミナーについてレポートする特集の後編。(前編はこちら)
後編では、よりグローバルな視点で音楽産業について多くの知見が語られた2つのセミナーから、ピックアップしてお届けしたい。
音楽コンサルティング企業が見る、日本の音楽ビジネスの現在と未来
データを交えた現在の整理、そして具体的な事例が豊富に紹介されたのが『海外デジタル&ソーシャル・マーケティング―攻略へのアプローチ』だ。
このセミナーでは、日本におけるエンターテック(エンターテインメント×テクノロジー)の第一人者であるParadeAll株式会社代表取締役の 鈴木貴歩 氏と、デジタルミュージックにおけるマーケティングや世界の最前線の情報を発信し、コンサルティングも行う Music Ally の Managing Director である Steve Mayall 氏が登壇した。
データや事例を通じて、わかりやすく日本の音楽ビジネスの現在とこれからが語られたこのセミナー。多くの気付きがシェアされた中でも、大きく注目したいポイントに触れていきたい。
日本が持つ、「音楽ストリーミングへの高いポテンシャル」
鈴木氏、Mayall氏両名から共通して語られたのが “日本の持つ音楽ストリーミングへの高いポテンシャル” だろう。音楽ストリーミングサービスの浸透という点で「遅れている」と評されがちな日本だが、今後のポテンシャルは大きいと、両名のプレゼンテーションを通じて感じることができた。
鈴木氏は、流通や言語などの点に着目して、日本と共通点のある国としてドイツ・フランスを挙げる。現在では音楽ストリーミングが伸びている両国。その成長の要因を独自の情報から分析し、日本においてもまだこれから伸びるポテンシャルがあるとメッセージを送った。
また、Mayall氏は Music Ally でレポートとして公開している日本のデータを引用。音楽の視聴プラットフォーム第一位がYouTubeになっている点から「既に日本の市場はデジタルマーケットでありストリーミングマーケットだ」と述べ、今後の一層のデジタル化・ストリーミングサービス普及のポテンシャルがあることを示した。
(このデータが掲載されているレポートは、会員向けにこのリンク先で参照することができる。)
ただそんな中で注意を払いたいのが、このセミナーの中で鈴木氏も言及していた『違法アプリ』の存在だ。現在の日本のApple Appストアのランキングを見ると、「Music FM」などの違法アプリが上位にランクインしてしまっている。その数は日本が一番だ。
これに向き合い、業界やプラットフォーマーが一丸となってどのように対応していくのかが、今後重要になるとセミナーを受講して強く感じることができた。
新たなマーケティング施策・データ分析の重要性と、そこに必要とされるテクノロジー・テクノロジスト
また、このセミナーのMayall氏メインのパートでは、今後の音楽マーケティングにおいて参考になるであろう、ユニークなキャンペーンが次々と紹介された。
GorillazのInstagramやSpotifyなど一貫して行っているような『アイデンティティ構築の重要性』やAndres Suarezの『ファンを巻き込んだMV施策』など、次々と興味深い施策が紹介されていく。
YouTubeの分析に使える無料サービス VidIQ(https://vidiq.com/)や、キャンペーン施策におけるToneDen(https://www.toneden.io/)の利用などは実に参考になる。
また、“SNSプラットフォームが新たに対応するフォーマットを積極的に活用していく”というのも、実施可能な手法だ。
例えば、Facebookでも最近利用可能となった“3D Photo”など、プラットフォームが後押ししたい最新のフォーマットを活用し投稿することによって、目新しさと共に表示アルゴリズム上優位に立てる可能性が出てくる。
セミナー内ではこの他にも多くの事例が紹介された。リスナー・ファンが利用するSNSの状況を把握しながら、積極的に最新フォーマットをキャンペーンに取り込んでいく視点は今後ますます重要となっていくだろう。
グローバルプラットフォームとスマホの普及によって広がる市場の拡大、必要とされる各国への理解
またこのセミナーでは、世界中へ音楽を届けることが可能になったこと、海外へ意識を向ける重要性についても触れられた。
世界的なスマートフォンの普及と、Spotifyなどのグローバルなプラットフォームの登場・普及によって、日本から世界へ発信できるようになった。もしくは発信しているつもりは無くても、実は世界の裏側で聴かれているという時代になったと言える。
Mayall氏はその例としてラテンアメリカの音楽マーケットについて言及。経済成長もありスマートフォンの普及もあって音楽ストリーミングサービスが利用されているメキシコ・ブラジル・コロンビアにも、大きなヒットの可能性があるという。
そうしたこれまでは届かなかった市場に届けられるようになり、さらにはそこでどのように聴かれているのかという統計情報もプラットフォームを通じて得られるようになった今、重要となるのが「データをいかに分析しキャンペーンに繋げていくか」、そして「国ごとの違いをいかに理解するか」だ。
セミナー終盤のクロストークにて、今後音楽ビジネスにおけるマネジメント・クライアント会社に向き合う上で新たに必要とされているスキル・人材としてMayall氏は「データサイエンティスト」を挙げ、さらに変化・違いを受け入れる姿勢が重要だと語る。
「ソーシャルメディアネイティブ、デジタルネイティブは違う言葉を喋っていると思う。我々にとって重要なことは“ギャップを受けて入れていく”ということだ。」
また、各国の違いと現状を知るためにも、鈴木氏がセミナー内にて紹介していた
「2018 DIGITAL YEAR BOOK」(リンク)はぜひおさえておきたい。このセミナーではこうした「受講後も学びにつながる“お土産”」が特に多いものであった。
FacebookなどのSNS、YouTubeなどの動画プラットフォーム、そしてSpotifyの統計データなど総合的に分析しながらマーケティングを展開していくことがより一層求められる、そこにいかにアプローチするか、またそれを支援するツールが出てくるかが今後の注目トピックだ。
マーリンが見た音楽マーケットの変化、インディーズレーベルが迎えている可能性
世界の独立系レーベルのグローバルデジタル著作権管理を行う団体 Merlin のCEO チャールズ・カルダス(Charles Caldas)氏が登壇したのが『マーリン ― 全世界で成長した10年』だ。
今年創立10年を迎え、は54カ国 890社のインディーズレーベルをカバーするMerlin。彼らが10年を通して見てきた市場の変化と、今後10年につながるポイントについてシェアされた1時間となった。
「10 YEARS, 5 KEY TRENDS」としてシェアされた5つのトピックは以下の通りだ。
- NEW MARKET DYNAMICS HAVE BENEFITTED INDIE MUSIC
- GROWTH IS FROM THE HEART, NOT THE HEAD
- INDEPENDENTS ARE MAKING REAL MONEY FROM MARKETS THAT WERE OF ALMOST ZERO VALUE TO US
- THE SWEET SPOT: HIGH VALUE REPERTOIRE ATTRACTS HIGH VALUE CUSTOMERS
- OPTIMISM REIGNS: IN THE MIDST OF MARKET CHANGE, MOST MERLIN MEMBERS HAVE GROWN THEIR OVERALL BUSINESS
※ それぞれの内容は、Merlinは10周年を記念した「Merlin Impact Report」(Merlin公式ページ内のリンクから閲覧可能)でもまとめられている。インディーズ・レーベルの可能性に興味のある方はぜひこちらも参照してほしい。
CDショップの片隅に置かれていたインディーズ・レーベルの音楽が、音楽ストリーミングサービスの普及によって、直接自分の音楽に興味をもつ人と直接やり取りする機会が得られるようになった現在。
儲からないと思われていたストリーミングからは確実に売上があがるようになってきており、さらには国内だけでなく、世界中のマーケット・リスナーにリーチできるようになってきていることをデータで示した。(ここでもラテンアメリカのマーケットの可能性が語られたことには注目したい)
また、プラットフォームからは大量の定量データが取得できるようになり、世界中のどこの誰が何回再生してくれたのかを理解でき、より適切なポイントにアプローチできるようになってきている。
そんな現状をMerlinは楽観的に捉えているという。「(日本に)グローバルベースで音楽の中心になってほしい」とちうメッセージと共に、日本の音楽は世界のマーケットに届きうるポテンシャルを持っているというメッセージを伝えてくれた。
制作における新しい動きも披露されたTIMMビジネスセミナー
今回、前編・後編と2回に分けて、日本の音楽が持つ可能性にフォーカスして TIMM ビジネスセミナーをレポートしてきた。
一つの選択肢としての海外進出、そのハードルは下がり また より大きな可能性を持つようになってきている。そんな中で、日本国内では得づらい“世界の生の情報”に触れ、またコミュニケーションできる貴重な機会を提供する場となっていたと感じる。
また、今回は紹介させていただいたセミナーの他にも貴重なセミナーが開催されていた。
『海外ビジネスへの終わりなき情熱』と題し、朝妻一郎氏・大里洋吉氏によって行われたセミナーは、音楽に少しでも携わる者としては心震えるものであった。こちらについてはReal Soundにてインタビューも含めた記事が公開されているので、ぜひチェックしていただきたい。
また、制作における新たな取組みのシェアされたセミナーとして『「音楽とAIの現在地」 〜そこから広がる音楽と地平〜』、『海外コライティング実況中継』も開催されていた。
そして今回、BAKERYではビジネスセミナーにフォーカスしたが、それ以外にも会期中の夕方〜夜には、日本の気鋭アーティストによるLIVEも開催されていた。こうした制作からLIVE、リスナーへのアプローチまで、日本に留まらず世界に向けて発信するイベントとして、TIMMは15周年の今年もなお、素晴らしいものとなっている。
来年はどのようなアーティストがこの場から発信されるのか、またどのように音楽産業が変化を見せるのか、来年のTIMMもぜひ注目していきたい。
音楽・エンターテインメントとテクノロジーに焦点を当て 「音楽・エンターテインメントが持つ魅力・パワーを高め、伝える体験(演出や技術、それらを活用したマーケティング施策など)」、 「アーティストやクリエイター、音楽業界がよりエンパワーメントされるような仕組み(エコシステムや新しいビジネスの在り方)」 を発信・創造していくことに取り組んでいるクリエイティブ・テクノロジスト/ライター。 「SXSW2017 Trade Show」出展コンテンツ制作やレポート発信をきっかけに、イベント・メディアへ登壇・出演。その他、LIVE演出やVJの技術開発にも取り組んでいる。