前回のTradeshow編に続いて、今回はSXS2018における『Music Startup Spotlight』や『Accelerator Pitch』、『Interactive Innovation Awards』から、注目しておきたい音楽テックについて整理していく。
写真は『Music Startup Spotlight』にも出展していた『THE MUSIC FUND』。ドラムスティックの形をしたペンがキュート。
今年も開催された『Music Startup Spotlight』、規模は縮小も興味深いサービス/プロダクトが登場
BAKERYでは昨年も特集した『Music Startup Spotlight』は2018年も開催。会場は変わらずHilton Austin Downtown 4Fのプリファンクションエリアで行われた。
変化としては、昨年は通路全体に各社のテーブルが配置されるほど出展数が多かったが、今年はその2/3程度の出展数だろうか。Tradeshowにも言えたことだが、アメリカの景気を受けてSXSW全体が今年は落ち着いている印象を受ける。
「おおっ!」と驚くようなサービスは無かったものの、気付きが得られるサービスが多かった『Music Startup Spotlight』。ここではそんな中からいくつかご紹介する。
ただの“好き”ではなく、それを可視化しコミュニケーションを生み出す『gaugr』
音楽ビジネスにおいて、楽曲やリスナーの嗜好といったデータの分析は変わらず注目トピックだ。そんな中、『gaugr』(https://gaugr.com/)は、ファンの“好き”を具体化するコミュニケーションサービスを開発している。
『gaugr』のテーブルより
『gaugr』は音楽SNSであり、「DONT JUST LIKE IT, GAUGE IT」というキャッチフレーズの通り、楽曲やMVへの“好き”を幾つかの項目で具体的に示すことに特化したUIを提供している。
ファンにとっては、なぜその楽曲が好きかを分析・アピールする場として、またアーティストや制作サイドには、自身の制作したクリエイティブに対する評価をすぐに貰えるリサーチの場としても利用できる、というものだ。
昨今では機械学習などを使い、ファンがクリエイティブに対してどのような嗜好性を持っているかをデータ分析する動きがあるが、このサービスでは直接ファンに“なぜ好きか”を問いかけることをサービスにしている。
ファンとアーティストによる音楽レビュー&コミュニケーションサービスとも捉えられるこの『gaugr』を通じて、“なぜ好きか”を回答していくことで、ファン自身が自分の嗜好に気づくキッカケにもなるかもしれない。サービスとしてスケールするかどうかは難しいかもしれないが、面白い取り組みだ。
アーティストとフォトグラファー、スーパーファンを繋ぐ『Pit Prints』
アーティストとフォトグラファー、そしてファンを繋ごうというサービスが『Pit Prints』(http://www.pitprints.com/)。
『pit prints』のテーブルより
LIVEイベントの重要度が増す中、そのイベントの体験・想い出を持ち帰るものとして「物販」も重要なものになってきている。
『Pit Prints』はそんなグッズを制作するために、アーティストとフォトグラファーのライセンス・契約を管理し、さらにファンへ届けるマーケットプレイスを管理するサービスだという。
詳細は未だ公式ページからも読み取れないが、ライセンス・契約を最適化することで既存ビジネスを効率化・低価格化し、また新しいビジネスへのチャレンジも生まれていくサービスが、これからも登場すると予想される。
スタイルやブランドでLIVEをマッチングする『Music Firsthand』
SXSWの地元テキサス州オースティンのスタートアップ『Music Firsthand』(https://musicfirsthand.live/)は、“LIVEのマッチングサービス”。
アーティストの「音楽ジャンル」やビジネスの「ブランド」、リスナーの「ライフスタイル」などに基いて、それぞれをマッチングし、LIVEを簡単に予約・開催できるようにする、というものだ。
現在はテキサス州オースティンでのみ利用可能だという。
『Music Firsthand』
また『Music Firsthand』は、コメディアンがインタビュアーとなり、地元アーティストを紹介するという面白い配信も行っている。“音楽の街” オースティンのスタートアップは、アーティスト・LIVEを大事にしていることを感じる。
このサービスがより広くサービス地域を拡大していくのかは分からないが、こうした”地域に根づいた”・“地域のカルチャーから生まれる”スタートアップが続々と今後登場していくのだろうか。
SXSW Accelerator: Entertainment & Content Technologies
続いては、SXSWで毎年注目されるピッチコンテスト『Accelerator Pitch』から。このイベントでは、数分の持ち時間の中で、各スタートアップが自身のサービスの魅力・可能性を伝えていく。
そんな『Accelerator Pitch』の中の「Entertainment & Content Technologies」カテゴリで登場したスタートアップをご紹介しよう。
Accelerator Pitch Awardを受賞した『Vochlea』
2018年の「Entertainment & Content Technologies」カテゴリにて Award を受賞したのが『Vochlea』(http://www.vochlea.co.uk/)だ。
誰しもが音楽を作れる未来が来るとして、その一つの壁になるのが「楽器を演奏すること」のハードルだろう。『Vochlea』は、音声認識技術とAIオーディオエンジンを組み合わせ、“声”をトリガーにさまざまなオーディオサンプルをコントロールし演奏することができるようにするものだ。
この『Vochlea』はAbbey Road Studioの音楽テックスタートアップのオープンノベーションプロジェクト『Abbey Road Red』にも選出されているこのプロダクトの可能性を感じるには、言葉を尽くすより以下のムービーを見て頂く方がいいだろう。
『Vochlea Music』イメージムービー
だれでも何気なく、オリジナルのメロディを口ずさんだ経験があるはずだ。それを音楽として形作る、新しい音楽の体験が楽しめそうなプロダクトだ。
“フェス飯”体験をアップデートする『FANFOOD』
音楽テックの対象はイベントの食事体験にも及ぶ。いわゆる“フェス飯”体験を更新しようというのが『FANFOOD』(http://www.fanfoodapp.com/)だ。
『FANFOOD』は、いわば“イベント版Uber Eats”。LIVEやフェス、カンファレンスイベントなどにおいて、フード店に並ぶ時間、支払いの煩雑さを解決しようというものだ。
フェスの楽しみ方・体験価値が変化してきている昨今において、“フェス飯”も重要な要素だ。この分野においても、テクノロジーを活用した面白い取り組みが今後も登場しそうだ。
毎年注目の『Interactive Innovation Awards』より
SXSWのInteractiveにおいて最も注目されているものと言っても過言ではないだろう『Interactive Innovation Awards』。
その中から、Music & Audio Innovation部門でAwardを受賞したこれをご紹介する。
『Hands Free Music Project』
Microsoftによる、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や脊髄損傷などの障害を負った患者に、音楽を演奏する喜びを取り戻させるという『Hands Free Music Project』(https://www.microsoft.com/en-us/research/project/microsoft-hands-free-music/)が、2018年のMusic & Audio Innovation部門を受賞した。
開発されたデバイスでは、視線だけで演奏するができる。
『Hands Free Music Project』ムービー
受賞発表前の FINALIST SHOWCASE でも多くの来場者が集まっている注目のブースとなっていた。
『Interactive Innovation Awards』Finalist Showcaseより
テクノロジーによって音楽を楽しむハードルを下げ、より音楽を『人生を豊かに楽しむために欠かせないものとしていく』、そんな素敵な取り組みだ。
音楽体験を刷新していくテクノロジー達、来年にも期待大
Tradeshow編に続き、『Music Startup Spotlight』や『Accelerator Pitch』、『Interactive Innovation Awards』の中からBAKERY注目のプロダクト・サービスをピックアップさせていただいた。
“音楽テック”といっても、音楽体験の様々な場面・分野における、多様なチャレンジが世界中で試みられていることが分かる。
音楽・テクノロジー・カルチャーが交差するイベント 『SXSW』 だからこそ直に見られるこれらのアイディア達。
来年はどのようなスタートアップが登場するのか、またその中でこの日本からも挑戦者が現れるのか。来年が早くも楽しみだ。
音楽・エンターテインメントとテクノロジーに焦点を当て 「音楽・エンターテインメントが持つ魅力・パワーを高め、伝える体験(演出や技術、それらを活用したマーケティング施策など)」、 「アーティストやクリエイター、音楽業界がよりエンパワーメントされるような仕組み(エコシステムや新しいビジネスの在り方)」 を発信・創造していくことに取り組んでいるクリエイティブ・テクノロジスト/ライター。 「SXSW2017 Trade Show」出展コンテンツ制作やレポート発信をきっかけに、イベント・メディアへ登壇・出演。その他、LIVE演出やVJの技術開発にも取り組んでいる。