SXSWに見る、世界の音楽ビジネス・テック スタートアップの潮流 〜Tradeshow編〜 #SXSW2018
2018-03-22

世界最大の音楽・テック・カルチャーの祭典「SXSW」(サウス・バイ・サウス・ウエスト)。

音楽の見本市からスタートし、音楽ビジネスの変化に先んじてFilmやInteractive(テクノロジー)へとカテゴリーを拡げてきたこのフェスティバル。様々なカテゴリのスタートアップが集まる、まさに“ごった煮”なイベントとなっている。

そんな中からBAKERYでは、 “音楽 × テクノロジー” にフォーカスをあて、面白い取り組みを行っているスタートアップを紹介しながら、現在の音楽ビジネス・テックの潮流を探っていきたい。

当レポートは「Tradeshow編」。世界各国から集まった企業・団体のブースがひとつの空間にひしめき合ったTradeshowで、どんなアイディアが登場したのか、触れていこう。

 

音楽の新しい楽しみ方を提示するスタートアップ・企業

音楽テックといっても色々とある中で、筆者がいつも登場を楽しみにしているのが “音楽の新しい楽しみ方”。

新しい音楽を生み出し、音楽を奏でる楽しみを刷新する。そんなプロダクトやサービスとして、SXSWのTradeshowの中から「AI MUSIC」、「Playground」、「SENNHEISER」をピックアップする。

 

AIがリスナーに合わせて音楽をリミックス 「AI MUSIC」

「AI MUSIC」(https://www.aimusic.co.uk/)はAIを活用し音楽制作の新しい可能性を創造するスタートアップ。Abbey Road Redにも選ばれている企業であり、先日5Mの投資を受けたことでも話題となっていた。(http://musically.com/2018/02/01/shapeshifting-startup-ai-music-closing-5m-funding-round/)

Aimusic
「AI MUSIC」のブース。机にはヘッドフォンが置かれ、実際に楽曲を体験することができた。

音楽制作におけるAIというと、JukedeckやAmper Music、SONYのFlow Machinesなどのように自動作曲をイメージするが、「AI MUSIC」は既存の楽曲をリミックスする技術を開発している。リスナーに合わせて、楽曲をリミックスし、例えばアコースティック・バージョンなど にリミックスしてくれる技術だ。
ブースではこの「AI MUSIC」のサンプルが試聴できた。

 

先日、Music Ally にて、Spotifyユーザーの多くがジャンル・ムードのプレイリストをフォローしているというニュースもあったが、リスナーの嗜好や状況に合わせてジャンル・ムードをカスタマイズできるような技術が確立されれば、“コンテクストに基づく音楽体験”に、また面白い変化を与える可能性を秘めている。

今後の AI × 音楽 ビジネスにおける注目のスタートアップの一つとして、要注目だ。

 

iPhoneから大型サイネージまで、簡単にダンスミュージックが演奏できる「PlayGround」

賑わうTradeshowの会場の中で、ビートの効いたカッコイイ音が聴こえてきた。その音の元へ向かってみると、iPhoneから鳴っていて驚く。音楽を演奏する楽しさがつまったアプリケーション/サービスが「PlayGround」(https://www.getplayground.com/)だ。

Playground iphone
音の元は、iPhone一台。簡単な操作にも関わらず、本格的なダンス・ミュージックがそこから生まれる。

 

画面上に配置されたオブジェクトには音が割り当てられており、それを一定のリズムでなぞるだけで、本格的なダンス・ミュージックが簡単に奏でられる。一人でも迫力のある演奏ができ楽しめるが、さらに別のiPhoneとの連携もできる機能もある。

 

また演奏セットは一つではなく、アプリ内での課金などによって、様々なアーティストが作成したセットをアンロックすることができる。ユーザーとしてはゲーム感覚で演奏できる楽器アプリであり、アーティストにとっては新たな収益源にもなりえる “プラットフォーム” だ。

 

さらにブースでは、大きなタッチパネルサイネージで動作するバージョンが紹介されていた。

Playground
大きなタッチパネルのバージョン。大きくなることで、複数人での操作も楽しめる

 

大きな画面でもその “演奏する楽しさ” は変わらず。現在このアプリケーションをベースにして、ブランドとコラボレーションした“体験型インスタレーション”とも言えるサービスも提供しているという。

Playground adidas
ブランドのイベントで設置する体験型サイネージも提供しているそうだ

 

SXSWのカンファレンスでも注目されていたテーマとして「音楽 & アーティストとブランドをどう接続・連携していくか」という視点がある。音楽を演奏する楽しさをブランドにも繋げていくという点でも、アプリケーションのクオリティの高さと共に注目したいプロダクトだ。

 

「SENNHEISER」による “Augmented Audio”

音楽リスナーにとってはヘッドフォン・イヤフォンで、音楽クリエイターとしてはマイクロフォンなどでお馴染みの「SENNHEISER」(ゼンハイザー)もTradeshowに出展。ブースでは、360°のSpatial Audioを収録できるマイクなど、VR/AR/MRを意識したプロダクトが置かれていた。

さらにブースの半分では、“Augmented Audio”という体験型コンテンツを展示していた。

手に持つiPad越しに周囲を見ると、そこにはギターやドラム、サックスなどの楽器が見え、さらに同社の開発する「AMBEO SMART HEADSET」を着用すると、iPadの動きに合わせて聴こえる音像も動くという、まるでそこにバンドがいるかのような体験ができるというものだ。

 

Sennheiser
SENNHEISERの“Augmented Audio”体験の様子

 

現在同社は「AMBEO」という3Dオーディオの開発プログラムを展開しており、この展示はその一端とのこと。

現実を映像と音でオーバーライドする新しい音楽体験。映像インタフェースはiPadだが、今後さらにMRデバイスなどと組み合わせていくと、より面白い体験になりそうなコンテンツだ。

VR/AR/MRというカテゴリにおける “音” のポジションを狙っている、同社の戦略も感じられるブースであった。

 

 

音楽ビジネスの新しい形を拡げていく企業

音楽の体験も多様化していく中でますます重要となるのが、“アーティストが適切に報酬を得られ、継続的に活動できる環境” が作られていくかどうかだ。

アーティストの新たな可能性を見出すサービスをピックアップする。

 

AIを活用し、アーティストのにとって公平なマーケットを作る「The Music Fund」

「The Music Fund」(https://themusic.fund/)はファイナンスで培った機械学習や統計学を活用し、特にインディーズアーティストへの適切なロイヤリティ分配を実現しようというスタートアップ企業だ。

各種ストリーミングサービスやその他のデータを分析・数値化することにより、アーティスト・楽曲の適切な価値を算出、適切なロイヤリティオファーを実現しさらにアーティストへ投資する、という企業だ。

ブースでは、その計算イメージを写した画面が表示されていた。SpotifyやApple Music、Shazam、SOUNDCLOUD、Instagram、Twitterといった各種サービスからの情報が映し出されていた。

Tradeshow
「The Music Fund」のブース

 

また彼らはSXSW2018にて、「The Data Revolution in Music Royalties」(https://schedule.sxsw.com/2018/events/PP99601)というセッションにも登壇している。セッションの音声が公式として公開されているため、データによる音楽ロイヤリティへの挑戦に興味のある人はぜひチェックを。

 

これまでの慣習的なロイヤリティ設定ではなく、データ分析に基づく適切な価値算出をし、アーティストへ還元する/アーティストへ投資する、というテクノロジー活用のチャレンジも注目していきたいテーマだ。

 

マーケティング・ブランディングへの音・音楽の活用 「HearDis!」「VIDEO HELPER」

何の気なしに歩いていて、面白い企業に出会えるのもSXSW、Tradeshowの楽しみ。そんな出会いをしたのはドイツのブースエリア German Pavilionで出会った「HearDis!」(https://www.heardis.com/en/)というドイツの企業だ。

2005年からスタートしている企業で、音・音楽とブランドのパートナーシップをコンサルティングしている。

heardis
「HearDis!」ホームページより

 

ブランドのマーケティングへの音楽活用の他、“店舗内における音楽”、”アプリなどにおける音”といった、ビジネスにおける“音”の活用を進めているのが面白い。

音楽・音の力をビジネスに結びつけていく流れは今後も強まっていく中、より気軽にシチュエーションに合った音楽を探せる/利用できるようにしようという企業として「VIDEO HELPER」(https://www.videohelper.com/)もブースを出展していた。

「VIDEO HELPER」は音楽ライブラリを提供しているスタートアップ。サイトを見てみると分かるが、アーティスト軸ではなく、“ビジネス利用”を想定しシーンや目的という軸でインディペンデントの楽曲を提供している。

Videohelper
VIDEO HELPER

 

音楽テックというには多少地味かもしれないが、音楽アーティストの新しい活動の場を生み出すビジネス・テクノロジーは今後さらに重要になるだろう。

企業・ブランドにおける音楽の活用が進む中で、それを促進し、アーティスト側の活動も支えるようなテクノロジーの活用にも注目していきたい。

 

イベントをより楽しむためのツールを提供するスタートアップ

SXSWでは5000超のカンファレンスセッション、500超のアーティストショーケースが約10日間のうちに行われる。全てを把握することが難しい中、来場者の強い味方になったのがイベント支援アプリ「SXSW GO」であり、これを開発した企業「eventbase」もブースを出展していた。

Eventbase
「eventbase」ブース。SXSWの他、さまざまなイベントのアプリを開発している

 

膨大なセッション/ショーケースで、うっかりすると気づけば終わってしまうのがSXSW。

それを毎年サポートしてくれる恒例アプリとなった「SXSW GO」アプリでは、セッションやショーケースを単純に検索する機能の他、「オススメセッションのレコメンド機能」や「他の来場者とのコミュニケーション機能」、それらへと結びつけてくれる「botチャット機能」などをもっており、イベントへの参加だけでなく、来場者同士のコミュニケーションの創出にも一役買ってくれている。

 

 

よりリアルなイベントの重要性が高まっていく音楽・エンターテインメント業界において、イベント自体の魅力・価値をより最大化していく“イベント支援”ツールの要請は高まっていくだろう。

イベント運営のノウハウを持つ企業が、テクノロジーを活用してどんなツールを作っていくかも見ていきたいポイントだ。

 

日本の企業からの注目のサービス・プロダクト

これまでは海外企業を紹介してきたが、日本出展企業からも音楽×テクノロジーとして面白いアイディアが登場しているので、ぜひご紹介したい。

 

世界で最も安く店舗・事務所・イベント用BGMアプリを提供する「Simple BGM」

「実力あるアーティストが、公正に、経済的に評価される世界を作る」というフレーズを掲げ、バーチャルプロダクション「Frekul」などを運営するワールドスケープ。同社が今回Tradeshowに出展したサービスが、世界で最も安く店舗・事務所・イベント用BGMアプリを提供する「Simple BGM」だ。

SimpleBGM
「Simple BGM」

店舗でかけるBGMは、有線であれば月々数千円はかかるが、「Simple BGM」では Frekul のアーティストの楽曲をシーンに合わせて月500円で使うことができる。楽曲にはボーカルは入っていないとのことで、グローバルでの利用も想定しているとのことだ。

プロダクションを持つ企業が、こういった新たなサービスを展開し、音楽の体験の場を増やし、アーティストの活動を支える機会を生み出していく。こういった取り組みには今後も注目していきたい。

 

オーディエンスのスマホを巨大ディスプレイにする「Kira2 Display」

近年、XylobandsやFleFlow(フリフラ)など、LIVEを色鮮やかに演出し、オーディエンスの一体感を生むものとしてLEDデバイスが登場してきている。また、オーディエンスが自発的にスマートフォンのカメラライトを照明にして、幻想的なシーンを作っているのを目にした事がある人も多いはずだ。

LIVEに訪れるほぼ全員がスマートフォンを持つ中で、そのスマートフォンを大きなディスプレイにしようというのが「Kira2 Display/キラキラディスプレイ」(http://kira2d.com/)だ。

Kira2display2
「Kira2 Display」のブース

ブースでは、100台で行ったテストムービーや、5台×5台での実機デモンストレーションが行われていた。

膨大な予算が必要となる巨大ディスプレイを、オーディエンスと一体になって実現するこの技術、実際にコンサートでお目見えするのが楽しみだ。

 

人のように伴奏してくれるAI「YAMAHA Duet with YOO」

“AIは人の代替になるだけでなく、人とコラボレーションすることで最大の価値を発揮する” という視点は、SXSW2018のセッションでも見られたものだ。それを演奏の観点から実現しているのが、YAMAHAと博報堂アイ・スタジオによる「Duet with YOO」(https://www.yamaha.com/ja/news_release/2018/18030101/)だ。

Yamahayoo
「Duet with YOO」ブース。実際の演奏デモも行われていた。

YAMAHAは、AIを使ったコンサートの実施・協力など、AIへも積極的に取り組んでいる。そのノウハウをより身近にかんじられたのが、この「Duet with YOO」だ。
YAMAHAのAI技術により、人間の演奏をリアルタイムに解析し、プレーヤーごとの弾き方のニュアンスを汲み取り調和の取れた合奏を行ってくれる。さらに、博報堂アイ・スタジオの技術により演奏に合わせて映像をシンクロさせながら投影することで、“AIの存在”と“AIとの合奏・コラボレーション”を演奏者・聴衆双方が感じられるコンテンツとなっていた。

 

向き合う人の感情に応じて表情を変える「Saya」

最後に紹介したのが、音楽テックとは直接言えないかもしれないが、AIやバーチャル上の存在とのコミュニケーションの未来を感じられるものとして、「Saya」をピックアップしたい。

Saya
「Saya」、手前のにあるポジションに立ち、向き合う形で体験する

 

実写にしか見えない3DCG女子高生として度々話題となっている「Saya」だが、今回のSXSWのブースでは体験者の感情に対応して反応を変えるインタラクティブ・コンテンツとしてSXSWに登場した。

ディスプレイの横にあるカメラが体験者を捉え、Deep Learningにて感情を分析。それに合わせて様々な反応を見せてくれる。

Sayaカメラ

 

キャラクターはとてもリアルであり、その仕草もとても自然だ。リアルな人の姿をしたエージェントとして、今後どのような展開を見せるのか、こちらも楽しみだ。

 

 

海外ブースと日本ブース、異なる傾向が見えたTradeshow

さまざまなカテゴリから多数の出展が集まった、まさに“ごった煮”なTradeshowの中から、BAKERYとしてピックアップさせていただいたが、いかがだっただろうか。今回紹介できたのは全体のごく一部であり、他にも多くの面白いブースが出展されていたので、ぜひ調べてみていただきたい。

 

SXSWの総括はまた別の機会にまわすとして、今回のTradeshowから感じたのは「海外ブースと日本ブースの方向性の違い」だ。
他のビジネスイベントと違い、“まだビジネスとして成立していないレベル”のチャレンジングなプロダクト・アイディアが出展されているSXSW Tradeshow。
そんな中でも、日本のブースでは「実験的で華のある」企業イメージブランディング的なものが多いのに対して、海外ブースでは、ブース自体の華は無いものの、よりビジネス的で「商談を目的としてビジネスの確立・スケールを目指す」ものが多いように感じた。

SXSWというイベントの捉え方が日本と海外で違うのか、興味深いところだ。(アメリカの景気動向の影響を受けているようにも思われる)

 

また、今回のレポートでは音楽テックに重点をおいて紹介させていただいたが、Tradeshowには他にもさまざまなジャンル・企業からの出展がされていた(医療や農業などもある)。そして来場者も、期間の前半は“テック系”の人が、そして後半は“音楽系”の人が多くなるというのもSXSWのTradeshowの特徴だ。

さまざまな経歴を持った“人・プロダクト”が一つの場で合流し、リアルの場でコミュニケーションが取ることができる場として、何かぼんやりとでもアイディアの種を持っている人こそ、刺激や学びを得る面白い場になるのではないだろうか。

混沌とした場から、面白いビジネス・チャンス/新たなアイディアが生まれるか。専門特化されていないイベントだからこその“越境した新しい価値”が生まれて欲しい。出展企業が今後どのような動きを見せていくか、今後も注目していきたい。

 

 

2018-03-22 | Posted in AI, VR/AR, イベント/LIVE, エンターテック | by Yuki Abe

Yuki Abe

音楽・エンターテインメントとテクノロジーに焦点を当て 「音楽・エンターテインメントが持つ魅力・パワーを高め、伝える体験(演出や技術、それらを活用したマーケティング施策など)」、 「アーティストやクリエイター、音楽業界がよりエンパワーメントされるような仕組み(エコシステムや新しいビジネスの在り方)」 を発信・創造していくことに取り組んでいるクリエイティブ・テクノロジスト/ライター。 「SXSW2017 Trade Show」出展コンテンツ制作やレポート発信をきっかけに、イベント・メディアへ登壇・出演。その他、LIVE演出やVJの技術開発にも取り組んでいる。