「宇多田ヒカル、AIの事例から学ぶ音楽と企業の新たな関係性」- Modern Age Marketing TOUR 2017 (2)
2017-12-21

2017年12月12日に開催された、国内初のエンターテインメントマーケティングレーベルModern Age/モダンエイジによる「Modern Age Marketing TOUR 2017 “音楽・エンターテインメントで企業をデザインする” ブランド戦略 – JAL、宇多田ヒカルの事例から学ぶ “生き続けるブランディング”の正体 –」レポートの第2部。

 

続いては、音楽サイドの視点として語られた、株式会社ソニー・ミュージックレーベルズ EPICレコードジャパン Office RIA 部長の梶 望氏によるセッション「宇多田ヒカル、AIの事例から学ぶ音楽と企業の新たな関係性」。

(第1部「“若者カルチャーとの共創”非航空利用時における生活者とのコミュニケーション戦略」のレポートはこちら

 

「ブランドと音楽」をテーマに講演するのは初めてという梶氏。宇多田ヒカルとAIのさまざまな事例を交え、3つの新たな「音楽とブランドの関係性」について経験と学びをシェアしていただくことができた。

 


宇多田ヒカルとAIのケースから学ぶ、音楽と企業の新しい関係性

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第一の関係「CSRとしての取り組み」〜 徹底的なマーケティング・リサーチから見えるアーティストの新しい可能性

梶氏が「企業・ブランドと音楽の取り組み方」の一つ目に挙げたのは「CSRとしての取り組み」。

「CSR」は、直訳すると“企業の社会的責任”であり、自社が持つ社会的な影響に責任を持ち、社会全体へ貢献していく活動(ボランティアや寄付、環境活動、法令遵守、地域貢献などが代表的である)を指す。社会への貢献が市場を豊かにし、ひいては業界・企業の持続的な発展に繋がる、という考えに基づいている。

そんな企業のCSR活動に、アーティスト・楽曲の力を組み合わせることで、どのような効果が生まれるのか。梶氏は、アーティストのAI と 日本コカ・コーラ株式会社(CCJC)の取り組み事例を通じて紹介してくれた。

 

2011年、AIのアーティストとしてのリブランディングに取り組むこととなった梶氏は、徹底的なマーケティング・リサーチを実施。そこから新たに見えてきたのはAIの「女性としての強さ」や「人間性」、そしてこれらに共感している人が多くいる、というデータだった。ここに着目し、これまでとは違う新たな可能性があるのではないか?と議論を重ねる中で出てきたのがコカ・コーラとのタイアップだという。

折しも2011年は震災の年。物資が不足しエンターテインメントも自粛傾向にあり、どこか世の中が暗くなっている。そうした状況だからこそ、AIとコカ・コーラがコラボレーションすることで何かを表現することはできないか、と考えたのだ。

 

「いま、世の中に届けるべきものメッセージは何なのか」そして「AIに必要な見せ方は何なのか」、これらを突き詰めて生まれた楽曲が「ハピネス」であり、メッセージの「あなたが笑えば、みんなが笑えば、きっと世の中はよくなる」だった。

 

(「ハピネス」のミュージックビデオ。みんなを明るくするために七変化するAI。このミュージックビデオは、その年のコカ・コーラのCMで使われたロケーションで撮影され、さらにコカ・コーラも登場するという。統一された世界観を感じさせる。)

 

CDショップ、ビジョン、コンビニなどさまざまなタッチポイントで、そして同じメッセージ・アティテュードで楽曲が届けられていく。そうすると、同時に企業・アーティスト双方も拡張されていった。笑顔と共に、AI、コカ・コーラ双方も世の中に広がっていったのだ。異例であったドメスティックキャンペーンは、翌年も継続して行われることになり、一貫して笑顔を届けるようなキャンペーンが行われた。

 

(2011年の南相馬市クリスマスパーティ。震災の被害を受けたエリアの合唱団から届いた手紙をきっかけに、クリスマスを家族と過ごすイベントを開催。AIと一緒に歌う合唱団の笑顔が眩しい)

 

(2012年 みんなで作る「ハピネス」。コカ・コーラの象徴的な“5トーン”をネットで募集し、それで楽曲を作るという企画を実施。そして1,000人のファンを横浜の赤レンガに集め、撮影されたのがこのプロモーションビデオだ。)

 

こうした取り組みは、ソーシャル上でも「AIの人間性」という話題とともに広がり、テレビやワイドショーにも取り上げられることとなった。さらには、ドラマのタイアップから派生した、福島の中学生を集め考え出された復興計画をさまざまな企業にプレゼンテーションし、協力を募っていく「AIサミット」も開催された。




AIサミット 公式ページより

 

プレゼンテーションではこの他にもさまざまな取り組みが紹介されていたが、以降のAIは皆さんもご存じの通り、現在もさまざまな形で音楽を発信し、着実に世の中に笑顔を増やしていっている。

メッセージ・アティテュードも含めて、アーティストと企業が一丸となって世の中に訴え続けることで、「不安や後ろ向きな気持ちを前に向かせる、風化させない。そういったことに“音楽”が作用するということを、このキャンペーンを通じて改めて気付かされた」という梶氏。音楽の力で企業の社会貢献を後押しし、高め、またそれを通じてアーティストのメッセージも強化できる、素晴らしい事例だと感じさせられた。

 

第二の関係「ブランドとアーティストが相互にリスペクトして生まれる、血の通ったCMタイアップ」

2つ目は「商品CMタイアップとしての取り組み」。

「タイアップをすれば売れる時代」は過ぎ去り、プッシュすればするほど引いてしまう現代。そんな状況ではどのようなタイアップが成功するのか。梶氏は「 “お互いに同じベクトルで同じ方向を向いて作っていて、お互いを尊重しているタイアップ”は共感されやすいし広がりやすいし、言ってしまえば売上につながりやすいのではないか」と語る。

そんな“血の通ったタイアップ”の事例として、宇多田ヒカル復帰後の一連のタイアップが紹介された。

 

6年間の「人間活動」を終えて復帰した宇多田ヒカル。ただ6年という期間は大きく、特に10代に対するブランディングが弱くなったとされており、CMタイアップの話が出てこない。

そうしたなかで梶氏が重視したのは「“作品”が主語となり、語られていくこと」。彼女が評価されているのは“作品”であり、いろんなチャンスを作っていくためには、楽曲の価値を改めて作っていく必要があると考えていたという。ソーシャルの文脈の中で「宇多田ヒカル」を主語にせず、全て“作品”について語らせることを徹底した、と梶氏は言う。これが、のちの“血の通ったCMタイアップ”へと繋がっていく。

(この点については、梶氏のプレゼンテーションから、宇多田ヒカルの「復帰」という一イベントに対して、 “おかえり”や“おめでとう” といった瞬間的な話題だけで終わってしまうことを懸念していたのではないか、と筆者は梶氏のプレゼンテーションを聴きながら感じていた)

 

そして、その一端を垣間見ることができるのが、復帰作となった「花束を君に」のミュージックビデオ(MV)だ。

連続ドラマ小説「とと姉ちゃん」の主題歌にもなったこの楽曲のMVは、宇多田ヒカル本人が登場せず、とと姉ちゃんのオープニングと同じスタッフ・演出家による切り絵を使った映像のみとなっている。そうした演出により、ソーシャルが活性化され、作品が主語の言説によって語られることで、“作品のブランド価値”が上がっていった。

 

実際にソーシャルリスニングを行って、ソーシャル上の声を調べてみると、宇多田ヒカル本人ではなく楽曲にまつわる言葉が多く挙がっていた。これはつまり、「楽曲自体をリスナーのものにしてもらった」状態であり、イメージアーティストに限定せず、作品にフォーカスさせることで作品自体の価値が拡がっていったことを意味する。

のちに本人が登場したとしても、「楽曲を中心とした会話」が生まれる状態になっており、作品ありきの宇多田、というイメージを周知することができたのだという。

 

また、宇多田ヒカルサイドとしても徹底的にユーザーのペルソナを描き、プロモーションを実施したという。オリコンが実施しているセグメントマーケティング・クラスタマーケティングの資料を引用して、デモグラだけでなく定性的にファンはどのように音楽に触れ、楽しんでいるかを理解し、戦略を構築していく。そうしたステップを踏んだうえで、10代のファンをさらに分析し、タッチポイントを増やしていった。

そうした徹底的なマーケティング・リサーチにより、どのような層にウケているのかが明確となり、そこにアプローチできる強度の高い“作品”が揃って、はじめて、企業側にとって「組む価値」が出てくる。

サントリー天然水の “血の通ったCMタイアップ” は、そうしたステップを経たことで話が来たという。

 

では“血の通ったCMタイアップ”とはどんなものなのだろうか。それについては、アルバム「Fantôme」のプロモーションとして出演した テレビ朝日の「MUSIC STATION ウルトラFES」 に連動して行われたプロモーション・CMタイアップが例として挙げられた。

この番組に出演する際、「桜流し」を披露することになった宇多田ヒカル。

ここでもまた“作品主語”となるよう、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』バージョンの「桜流し」のミュージックビデオを制作してもらい、限定公開を行った。映像を再構築して新たに作られたこのミュージックビデオにソーシャルは“作品主語”で盛り上がり、その状態を保ったまま、「MUSIC STATION ウルトラFES」を迎えることとなる。

 

 

宇多田ヒカルの番組出演後のCM枠では、サントリー天然水の15秒先行CMスポット映像が公開され(この時点でサントリー天然水のタイアップについては発表前であったことから)、“本人主語”のバズ、そしてCMに使われるであろう新しい楽曲への期待感を生みだすことに成功した。

 

 

この番組出演前後のプロモーションによって、楽曲に対するアティテュードは形成されており、かつその1週間後に本編CMが公開されたことで、CM・楽曲共に大きな話題を呼ぶこととなったのである。

 

こうしたティザー映像から始まる楽曲訴求は、新曲「大空を抱きしめて」が使われているCM第2弾「奥大山篇」でも行われている。ターゲットとなる10代に向けて、テレビ朝日「ミュージックステーション」出演と連動してCMが公開され、さらに番組内の1コーナーとも連動してそのCMメイキング映像を流すことで、より注目を集める構造となっていた。

 

 

お互いのベクトルが同じ方向を向いており、相乗効果が出る“良い出し方”ができるか。それができてこそ、いま効くタイアップのスタイルだ、という言葉で、このCMタイアップについては締められた。

 

第三の関係「ブランドタイアップとしての取り組み」

そして3つ目の関係性は“ブランドのタイアップ”。こちらも、ソニーへ移籍した宇多田ヒカルを例に語られている。

ソニーと宇多田ヒカルの間における最大公約数は「最高の音楽を最高の音質で届ける」ということ。これにより、現在ソニーと宇多田ヒカルは多くの連動施策に取り組んでいる。

 

「エムオン!」での宇多田ヒカル特別番組や歌詞集の発売、ソニー・ミュージックコミュニケーションズによる歌詞特設サイトの展開、音楽ダウンロード・音楽配信サイト「mora」での特集など、その展開は非常に幅広い。また、既に公開され大きな反響を呼んでいるノイキャン・ワイヤレスイヤホン「WF-1000X」のCMを目にした人も多いのではないだろうか。

このCMは反響も大きく、イヤホンの売れ行きも好調だという。

コーポレートブランドと親和性を持ち、共鳴するアーティストが、ブランドと共にさまざまな施策に取り組む、これも企業とアーティストの新しい関係性といえる。

来年も新たな展開がある、とソニーと宇多田ヒカルのタイアップについて示唆して梶氏の講演は締められた。
今後どのような取り組みが行われるのか、期待せずにはいられない。

 


徹底したマーケティング・リサーチ、そこから得られる“違和感”を

徹底したマーケティング・リサーチとそこから得られる“違和感”、そしてアーティストとブランドの新しい関係について、事例を交えて伝えられた梶氏の講演。一連の話を聞いて、新しい可能性を感じると共に、やはりネックとなるのは「徹底的なマーケティング・リサーチの実施」であるということがよく分かった。

講演後の質疑応答で梶氏のリサーチ活用について問われると、「(データには)偏りがあるので、複数の調査結果を見ること」としたうえで、そうすると「必ず『あれっ?」という違和感が出てくる、それを見つけることが大切」という答えが返ってきた。違和感を見つけ、その元となる因果関係を徹底的に掘り下げることで、アーティストやプロモーションの新たな可能性を見つけることができるという。

今回紹介された事例は、そのまま実施することには何の意味もなく、徹底したリサーチからアーティストとファンを深く理解し、そこから新たな可能性を見つけ、戦略・戦術へと落とし込んでいくことが必要なのである。

そうすることではじめて、音楽の力/アーティストの力が企業をエンパワーメントできると認識させてくれるのだと感じる講演となった。

 

続いて、最後のセッション「“音楽・エンターテインメントで企業をデザインする”ブランド戦略」のレポートはこちら

 


Yuki Abe

音楽・エンターテインメントとテクノロジーに焦点を当て 「音楽・エンターテインメントが持つ魅力・パワーを高め、伝える体験(演出や技術、それらを活用したマーケティング施策など)」、 「アーティストやクリエイター、音楽業界がよりエンパワーメントされるような仕組み(エコシステムや新しいビジネスの在り方)」 を発信・創造していくことに取り組んでいるクリエイティブ・テクノロジスト/ライター。 「SXSW2017 Trade Show」出展コンテンツ制作やレポート発信をきっかけに、イベント・メディアへ登壇・出演。その他、LIVE演出やVJの技術開発にも取り組んでいる。